水色の月
久しぶりに、行きつけの浜へ来ることができた。
春先から何やら多忙で、なかなか来ることができずにいた。
妻が、スケジュールの合間を縫って進言してくれ、やっとの思いで実現したのだ。
唐突だったが、有り難い進言であった。そうと決まれば、支度は早い。車のトランクに、いつものデイキャンプ用具を詰め込むだけである。犬は、置いて行かれまいとして、早々と指定席に陣取っている。海が、とても好きなのだ。
行きつけの浜。
原生林を背に、南側に900フィートほどの砂浜が湾を描いて広がっている。
正面に見える小さな円錐形の島が、目印だ。
シーズンを外した平日であれば、プライベートビーチの様を呈する。中ほどに祠があり、なにかしら威厳のあるところがまた良い。
妻は、日帰りのつもりだったが、わたくしと息子は、始めからひそかに夜を明かすことを目論んでいた。寒い冬の日に、窮屈な車の中で寝る苦痛を知った妻は抵抗したが、息子の願望となればあきらめた。
ひととき皆で、久しぶりの水泳を楽しむ。また、貝拾いなどして遊ぶ。
スーパーマーケットで調達した肉や魚をわたくしが、使い込んであちこち壊れかけたキッチンで焼き、皆にふるまう。浜でのコックは、わたくしの担当である。
引き続き子らは、代わる代わる母親と遊んでいた。
わたくしはというと、ビールを次々に飲み、そのまま肘掛のあるいすで、心地良く深い眠りに沈んでいた。
犬は、浜に着くなりさんざん泳ぎ、タープの陰で寝そべり、背後から忍び寄る猿や鹿を追い払う正しい任務をこなしている。
目を覚ますと夕闇が迫っていて、慌てて流木を集め、ランタン代わりの火を熾した。
焚火担当は元来、妻の役目であるが、今宵は6歳になる息子が、一生懸命担当代理を務めている。その実直さが微笑ましくも頼もしく、夫婦目を細めていた。
そのとき、息子がわたくしに報告した。
「みずいろの月がでているよ。」
見ると、8割がた満ちた月が、宇宙の闇に多くの星とともに青白く光り、波間を銀色に照らしている。
白いベールを掛けたような、妙になまめかしい月が、西に傾いている。
確かに水色と言われれば、水色。確かに…。
成長した幼児(おさなご)の感性に、こころ揺るぎわたくしは、紅のワインを口に運んだ。
(飯田修平)2007.8.24