「武田山の家」を振り返って

談・飯田修平〜住宅建築2001.4

「武田山の家」が竣工してから約1年が経とうとしていますが、今になって、ようやくこの住宅のことを振り返ることができるようになりました。僕がこの住宅でやりたかったことを完璧に表現しようとしたら、かなり施工側も僕も大変な作業をすることになってしまいました。

そもそも、僕と建築のかかわりあいは、こどもの頃に大工だった父親に建築に進みたいといったところ、「オマエは不器用だから大工になれない。現場監督になれ」って言われたから。そこで現場監督を7年、設計事務所で5年修行をし、次第に自分という個人で勝負したくなり、この「9月の風」という事務所を立ち上げたんです。

だから、僕は建築を学校で学ぶ代わりに、生コンの中に手をつっこんで鉄筋をさわり、手のみで打放しクロスの梁をはつりながら、現場で学んだ。若い駆け出しのころは、現場のルールが分からなくて無意識のうちに職人さんたちに失礼なことをして、上から金槌を落とされて、ヘルメットが陥没してたなんてこともあります。

だから人一倍、職人さんたちの気持ちが分かるし、それだからこそ互いにプロとして、当然すべきことを要求したのが、今回の住宅です。たとえば、1階にあるガラスの壁、ドアを開ければ2階の居間に至る外部階段があるのですが、このドアの枠はガラスの中に唐突に存在しているような納まりにしたかった。僕はそれが可能であるということを経験から知っているんです。

だから、できるまで何回もやり直してもらった。けれども、それは決して職人さんをないがしろにしているというわけではなく、むしろその逆で、心から敬意を抱いている。事実、僕は絶対に現場で、鋸や金槌などの道具をまたがないようにしているんです。だって、職人さんが手でもつものなんですから。こんなことを向こうもわかってくれているから、度重なる直しにもついてきてくれたのでしょう。

よく“コラボレーション”といって、現場と設計者が心温まる関係を築きながらものづくりをすることがありますよね。僕は、もし人間関係から互いの領分がなあなあになってしまうなら、そんなコラボレーションはいらないと思う。僕にとってはプロの職人さんに対する究極の敬愛は、絶対に妥協しないこと、妥協させないこと。今回担当してくれた現場監督さんは、見てくれは問題ないところを「いや、飯田さんが本当にやりたいことは違うでしょう」といってくれて、本当によくつきあってくれた。

本当は、建築家は図面に鉛筆で線を描くだけで、一人じゃ何もできないんです。だからこそ、建築家は絶対的な存在じゃなければいけないと思っているんです。(文責=編集部)

追記

実際には、足場の上から投げられたのは、鳶さんのガチャで僕の体の1メートル横の地面に突き刺さっていた。ヘルメットは普通金槌でたたいたくらいでは壊れないのだけど、プロの型枠大工さんがジャストミートした時、その金槌と同じ直径で穴が開いてしまった。怖いでしょ、現場って。もう四半世紀も前の話ですけど…。(飯田修平)2008.1

追記の追記 だから、僕は現場に強いのさ。