沖塩屋の家〜新建築住宅特集 2006.10

クライアントは、世界遺産厳島(いつくしま)西端の島尻と大野瀬戸を望む閑静な小高い丘に、新しい生活の地を求めた。海と敷地の間は、よく手入れされた公共施設の庭園があり、海と空と緑が敷地南側に広がっている。

この場所に、ロックバンドを組みエレキベース奏者のご主人が、好きなだけロックミュージックを演奏でき、その傍らで手料理を作っている奥さまとの、楽しい生活シーンが想定された。

設計にあたりわたくしは、敷地に立っては幾度となく、海をみつめていた。

夕方になると、漁を終えた漁舟が港に帰ってくる。静かな海に、そのどこか懐かしいエンジン音がここちよい。

やがて日が暮れると、遠く湾曲している対岸のコンビナート郡に灯りがともる。晴れた日は、ゆらゆらとゆらぎ、雨の日は霧にけむってかすんで見える。晴れて碧い海は美しく、雨にけむる鈍色の海も、深く落ち着いた気持ちになれてまた良い。

奥さまの父親は、この同じ海が見える対厳山に家を建てた。奥さまは娘時代その家で暮らし、毎日この海を見て過ごした。やがて、自らの所帯を持ち、そして二人でこの地を選んだ。

ある時わたくしは、敷地に車ごと乗り入れてみた。そしてなにげなく、そのRV車の屋根にのぼってみた。そして、海を見た。それは、今まで何度も見た海なのに、その景色はまるで違って見えた。わずか1.4mの高さの違いによりこんなにも景色が変わるものかと驚嘆した。この家の床高が地盤より1.4m上がっている理由である。わたくしが、この建築において追い求めていたのは、普通の材料で、普通の工法で、普通なディテールを用い、いかに自然な形容を作り得るのか。ということである。RCの囲いで重低音の拡散を防ぎ、風雨から身を守るために腹の部分をRCスラブとし、あとは鉄骨にALCを張り軽く作ったこの形容は、この場所に自然に住まうための自然な形容だと思っている。

ある朝、ふと奥さまは海を見て、父もまたこの同じ海を見ているのかなと、身支度のかたわら、チラッとそんなことを考えたりするのである…。(飯田修平)