武田山の家〜住宅建築 2001.4
深い水平スリットで絶縁した空間
1541年大内氏の命を受けた毛利元就によって滅ぼされるまで、その山の頂には、安芸武田氏の銀山城(かなやまじょう)があった。その山の麓で生まれ育った私は、少年時代よくその山に登り水晶や土器?などを掘って遊んでいた。1960年代後半になると、広島市のベッドタウンとして、このあたりの山はみな削り取られ団地と化した。標高410m、広島市内を北西部から見下ろす武田山もそのひとつだ。敷地は、その武田山の北斜面に広がる団地の頂上付近に位置する。
クライアントは、30代の会社員。家族構成は、夫婦と子供がひとりそして、小さな犬が2匹とネコが一匹。1300ccのバイクで駆け、マウンテンバイクを操り、スキーそしてスキューバーダイビングと行動的で開放的。一方で余計な関わりを是とせず、寡黙で静かな面を併せ持っている。一緒にスキーに出掛けまた、居酒屋で奥様をまじえて食事をしながら、私が感じた人物像である。自然を愛し小動物を慈しむ心の優しい人が、そっと暮らす家。これがこの家のテーマとなった。
夏の終わりに嵐が吹いて、空が50フィート高くなった頃、西の山から吹いてくる風。まだ青い稲穂の上を吹き渡る、爽やかな風。私は、そんな風を感じることができる家を描こうと思い、事務所の名前を9月の風とした。それは今も、設計中私が唯一こだわっていることだ。
さて、私がイメージした形は、ただ単に外界に対して閉じ、自然に対して開いている物理的な手法からだけではなく、もっと精神的な意味を持ったものだった。それが、建物全体をメインフロアレベルの手前で、奥行きの3分の2まで挿入した水平スリットにより、絶縁したこの形である。またそれは、自らのこだわりに対しても、外壁の金網とリズミカルな窓の配置と相成って、一定の解に成り得たのである。
1枚の刃物が空気を切り離す。深くそしてあくまでも水平に。切り離されたのは空間だけではない。時間そして日常の煩わしさからも、乖離した安寧のスペースがそこにある。 (飯田修平)